片思い小説「遠い昔の甘さ」8

片思い恋愛小説「遠い昔の甘さ」8

 缶を激しくぶつけて、にぎやかな音の乾杯をしたくなった。

「ねえ、二度目の乾杯しない?」

「何に?」

「そうねえ、これまでに」

これまでに。僕らが仲良くなれた”これまで”に。

「んじゃあ、私はこれからもヨロシクということで」

カンパーイ。ガチッと鈍い、アルミの重なり合う音がする。缶を横にして、僕はビールを喉に流し込む。

 ベロベロになってもかまわない。今は甘い夢のような時間に浸りたい。やわらかい香の充満した部屋にいたい。冬の日の、僕と由美が何でもないという現実には覚めたくないのだ。

 そう、僕と由美は何でもない。ただの仲間なのかもしれない。右も左もわからない子供時代や、勢いだけで乗り切れる青年時代をともに過ごした仲間なのかもしれない。それが現実の一端であることは確かなことだ。だから、もしも、由美がそうとしか僕のことを思っていなくともどうにも仕方はない。それが現実なのだ。だが、僕の甘い感傷に浸ろうと思えば、僕と由美は恋人のようなものだ。それも尋常の仲ではなく、今この世界にある絆の中でも最高の部類に属する絆だ。なぜなら、何でも話し合える友情、同じ時代を闘ってきた戦友としての絆を持ちつつ、時には同じ時代を生きるライバルであるからだ。また、同じぐらい大きな野心を持つ同志であり、明と暗のがっちり組み合ったパートナーだからだ。そんな関係のままを僕は願い、そしてそんな状態をどうにかこうにか保ってきた。それが、僕の選んだ曖昧な現実なのだ。

 けれども、今日の僕はそんな関係に虚しさを悟った。買い物姿の由美を見て。台所に立つ後ろ姿の由美を見て。鍋を頬張る由美を見て。そして、はね回るような可愛さを持った由美を見続けて。曖昧な現実が虚しいものだと悟ったのだ。好きなのだから、一緒にいたい。愛し、愛される関係でいたい。それが当たり前なのではないか。だから、僕は今、この瞬間から告白したくなった。由美を求めていることをはっきりと主張したい。そして、この曖昧な関係に白黒をはっきりさせたい。その告白は、由美が僕のことを仲間としかみていなかったときには裏切りになるだろう。由美の僕に対する信頼を裏切ることになる。人の気持ちを踏みにじることになるのだ。けれども、僕がこのまま曖昧な関係を続けようと思えば、それは僕の僕自身に対する裏切りになる。僕は僕に素直でいたい。たとえ、それが由美の信頼を裏切る行為だとしても、僕の告白は正答なのではないか。甘く、激しい大好きを告げるのだから。

 いつしか缶の中身は、すべて僕の中に入っていた。一滴も残らずに。すべてをふっきるように、僕は黄色いビールを飲み干したのだ。

「ねえ、由美ちゃん」

「木田、酔ってきたね? 目つきが違うもん。酔っぱらいはヤダよ」

由美は本当にウザそうな目つきで、僕を見ている。確かに僕は酔っている。しかし、本心が変わるほどは酔っていない。ただ、僕は由美に一言伝えたいだけなのだ。それは恋するものなら、誰でも口走りたい言葉。ほとばしるような赤い勇気がどうしても必要な、体全身で唱える言葉。

「なあ、由美」

「何?」

由美はイラついている。言動が異常なほどに刺々しくなってきているから、僕にはすぐにそれがわかるのだ。

「由美。結構、俺たちの仲って長いな。だけど、俺たちの関係って何なん?」

由美は眉をしかめて、言葉の洪水を止めるように口をきゅっと締めた。そんな由美の様子が痛々しいほどに、さっきまで強気だった僕を弱気にさせていく。だが、これに負けてはいけない。告白へのためらいが乗り越えねばならない壁であることはわかりきったことではないか。僕は心の中で、何度も何度も繰り返して、この言葉をつぶやいた。

「何なん? 俺たちの関係って? 友達?」