片思い小説「遠い昔の甘さ」9

片思い恋愛小説「遠い昔の甘さ」9

「なあ、由美」

「何?」

由美はイラついている。言動が異常なほどに刺々しくなってきているから、僕にはすぐにそれがわかるのだ。

「由美。結構、俺たちの仲って長いな。だけど、俺たちの関係って何なん?」

由美は眉をしかめて、言葉の洪水を止めるように口をきゅっと締めた。そんな由美の様子が痛々しいほどに、さっきまで強気だった僕を弱気にさせていく。だが、これに負けてはいけない。告白へのためらいが乗り越えねばならない壁であることはわかりきったことではないか。僕は心の中で、何度も何度も繰り返して、この言葉をつぶやいた。

「何なん? 俺たちの関係って? 友達?」

なおも口を開かない由美。独り舞台の僕だが、このまま一人で踊り続けてもかまわないとさえ思えてきた。僕は僕らしく、僕に正直に生きねばならないのだ。

「俺はお前のこと、すごく好きだよ。泣きたくなるほどに好きだよ。なんで、なんでこんなに好きなのかはわからない。でもね、お前がいることが俺の生活には当たり前になりつつあるんだよ。それは好きだからだし、一緒にいるとすごく満たされていくからだよ。お前じゃないと、ダメなんだよ」

「でも、それは違う」

由美が僕の言葉を遮るように口走った。けれど、僕はそれを無視したかった。いつもの僕なら冷静に由美の話を聞くだろうが、今の僕は違う。この点に置いても、僕は変わらなくてはいけないのだ。

「違くない。好きなことは本当なの。お前に近くにいて欲しいの」

「私は違う。あなたといると、確かに楽しい。嬉しい気持ちになる。でも、それって恋愛感情じゃないの。だから」

だから、何だと言うんだ。僕の頭は叫ぶ。しかし、その反面で、わかったよ、もう、いいよと心が訴えてくる。緊迫感の流れていくうちに、強気な僕の頭は心に負けていった。僕は心の底から、僕が由美の気持ちを無視できるはずがないと思ったのだ。その瞬間、涙が心の底からわき上がってきて、うっすらとまぶたに現れてきた。まぶたから流れてきそうな涙を必死にこらえると、ねばり強い涙は道を変えて、喉を昇っていく。さっき食べたスープの幸福が嘘のように悲しみの味に変わっていく。

「だから、そういう関係になりたくない。嬉しいよ、私だって。好きなあなたに言われるんだから。だけど、すごく違うの。わかってね」

声がかすれていた。それは間違いなく、僕の声ではなく、由美の方の声だ。さっきまであんなに弾んでいた声が、手錠をかけられたように弾まなくなっていた。

「今のままじゃ、ダメ?」

由美は枯れた声で僕に訴えた。けれど、僕の頭はそれでも諦めることができなかったようだ。もう一度、もう一度と、僕の心に揺さぶりをかけていく。

「もう一度聞くけど、俺とはつきあえない?」

緊張した空間を見ることを厭い、由美は下を向いた。そして、僕から逃げるように、お団子の頭を下げた。すごく辛そうだった。やっぱり、僕は由美の心を裏切ってしまったのだ。由美に辛い想いをさせてしまったのだ。

「ごめんな」

僕の声だって、誰が聞いてもわかるほどに萎んでかすれていた。でも、由美はそれをはっきりと聞き分けて、悲しそうに笑った。見るに絶えられないほど悲しい笑いだった。

 

 今でも、その笑いが懐かしい。どんな意味のある笑いなのかはわからないけど、僕は今でもその笑いを肌で感じることができる。あの日、あの瞬間でしか見ることができなかった笑顔。時折一人で、あの笑顔を懐かしむ。

 

 由美の帰った後のガランとした部屋の中は、いつもの寒い冬だった。あまりの寒さに体が震え、少しでも寒さを凌ごうとして両手をこたつに入れる。自然、頭は垂れていき、こたつの上に重い顎がのしかかる。背筋をピッと伸ばす力もない。人生の敗北者のようだ。胸の中はモヤモヤとしていて、犯してはいけない罪を犯してしまったかのように、僕はただ自分を責め続けていた。後悔。今の僕の頭には、悔恨の念が股を広げて居座っている。

 そもそも、僕の好意は感情的すぎた。僕にとって、由美は高嶺の花なのに、それを意識することもなく、好きだと言ってしまった。僕は、心から由美が僕とつき合ってくれると思っていたのだろうか。おそらく違う。好きだから、好きと大声で言いたかっただけだ。もし、由美の気持ちを裏切ったらその後どうなるのかを考えずに、僕は感情に流されるままに告白したのだ。もし由美の信頼を踏みにじったら、僕はもう和やかに由美に顔を合わすことができないだろう。感情に流された僕が悪い。僕が甘かったのだ。無邪気な由美を見るままに作り上げた幻想を真実だと信じたかったのだ。僕は甘かった。

 何ともいえない疲労が僕を捕まえて離さない。

 僕は恋に破れた。そして、僕は自分にも負けたのだ。それは火を見るより明らかだった。1時間前には存在した僕の恋が、シュレッダーにかけられたようにバラバラにされていた。両手を広げてかき集めて、もとのカタチにしようと思っても、おそらくは元に戻らないだろう。そう、僕の恋は。由美との甘い感傷は。