青春小説「運命とは気まぐれなモノだよ!」4

青春小説「運命とは気まぐれなモノだよ!」4

 寝ぼけたような香川の声が耳に入ってくる。 「ボーとしているから、そういう目に遭うんだ。だいたい、普通じゃないぞ、ドアが開くのに気づかないなんて。お前、そんなに鈍くないだろ」
事実、そうなってしまったことは本当だから、弁解をしようと思わなかった。ただ、良い返し文句が浮かばなかったので、私は黙りを始めてしまった。
ウエイトレスが近づいてきた。香川の目線がそれを私に教えてくれた。
「アイスコーヒーのお客様」
「はい、私です、どうも、ありがとうございます」
私はウエイトレスに好感の持たれるような応対をした。ウエイトレスはアイスコーヒーを、テーブルにおごそかに置いた。そして、ごゆっくり、と言って、また、すたすたと立ち去った。もちろん、背中には私の言った、ごくろうさまという言葉がついている。
「エセ偽善者め」
「そうか、別にそういうつもりで挨拶しているわけじゃないよ。むこうも気持ちいいんじゃないか。こんなにもラテン系のお客様が来てくれて、こういうふうに挨拶してくれるのは!」
「お前の日頃を見ている人間からは、それが毒々しい」
答える代わりに、私は香川のいる方を見た。だが、視線は逸れた。視線は香川を越えて、後ろの新しい客の方にぶつかっていた。ふと気づいたら、香川の後ろに、色白の女の子が座っていた。私は彼女を見た瞬間、一輪のスミレ草を思い出した。スミレ草が一輪咲いているような感じで、静かに座っている。朝顔模様の浴衣を着ている彼女の左手には、紺の表紙のハードカバア。「不夜城」を読んでいるようだ。彼女の手にした本で、その美しいであろう顔が隠れて見えない。それが、少し淋しかった。
「ほい、なに見てんだ」
素直にお前の後ろに座っている女の人だよ、と言っても良かった。が、なにか気恥ずかしくて、ごまかすことができないとわかっていても、適当にごまかそうとした。
「YOUR HEART」
「ふふん、またそれか。今度はなにを考えているというんだ。お前が英語でものを言うとき。あと、なにか相手が照れ腐るようなことをぬかすとき。それって、何かをとばけるときのお前の常套手段じゃないか、違うか?」
「しかも、それの併せ技ときているからか? その疑惑の眼差しは」
香川の顔がアップに見えた。というより、香川が一歩、顔を前面に出したのだ。香川は口をなにやら、もごつかせていた。言いたいことが言えずにもどかしい様子だ。そして、舌打ちを一つして、香川は自分の定位置に顔面を戻した。
「なにがいいたいんだ、香川。吐け、吐かないと眠らせんぞ」
私は刑事さながらの迫力で、語気を強めた。でも、顔はにやけている。
「いや、なに。俺たちのことだ。ここで言わなくても、必ず、お前は言うだろう、俺に。なにを考えていたのか。いつも、そうだったよな。入来についてもそうだったし、河合さんのときもそうだった。お前は理由がなければ、そういう態度をとるような人間じゃない。それに気づいただけのことだ」
その台詞が終わる頃には、私は水を完全に飲み干していた。水と同時に、香川についての昔までの評価も飲み込んでいた。
「そうか、つきあいが長いといいな。いちいち、言葉でいう必要性がなくって。楽でいい」
香川は私の発言を黙殺した。
「で、ついてなかった一日はそこで終わったのか」
香川はさっきまでの話題に戻した。戻すことによって、沈黙を避けたかのようにも見える。けれども、私も沈黙を避けたかったので、それならそれでよかった。私は、まだ終わらない、このついていなかった一日について、ふたたび語り始めた。

渋谷での待ち合わせ場所はいつもモヤイという名の石像と決めている。特に理由はない。ただ、なんとなく、あの像が好きなだけである。それゆえ、待ち合わせ場所のモヤイ像へ私は走っていた。サイレンを鳴らしながら行けば、車も避けてくれるのだが、パトカーでない私にはサイレンを鳴らすことは不可能。だが、急いだおかげで、無事、時間に間にあった。ヤー、助かった。もう琴ちゃんは来ているだろうと思い、そこらを探してみた。


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