万座にスキー旅行記

万座スキー旅行記 第1回

 旅行というものは楽しい。行くまでの、これまでに一度も乗ったことのない列車に乗ることや、初めてのホテルに泊まること。新鮮で、新しい自分になれたような気がするからだ。それゆえ、私は旅行を多々したがる。しかし、いかんせん、私のような狂った人間と旅行鞄を並べてくれる人間は少ない。生活態度の不規則さ、行動欲の異様な低さ、体力のないこと。列挙していけば、数え切れないくらいある。

 だが、世の中とは不思議なもので、ひょんなことから、私は万座スキーの旅の幹事となり、万座へ行くことになった。

 2月15日。池袋の「サリー」という店の前で、同行者数人と待ち合わせをして、旅行への買い出しを行い、出発準備を整えた。そして、19時20分に西武池袋線の池袋駅の改札で、旅行の同行者全員と合流。20時06分の特急『レッド・アロー号』に乗ることになっていたからだ。

 私は旅行の何日間か前に、旅行会社の人から、駅でいえば特急券がもらえるという不思議な数字を聞いていた。それゆえ、私は、駅の窓口で、駅員に向かって、何度もその数字を唱えて見た。しかし、駅員は首を傾げるばかりで、特急券なぞ、いっこうに出てくる気配がない。不安になった私は、今度は白髪頭の駅員に、その呪文を唱えてみた。すると、白髪頭の駅員は、その番号が駅では通用するものではなく、西武観光の方でしか効かないということを教えてくれた。恥ずかしくなり、私はしたり顔でお礼を述べ、そそくさと西武観光の窓口の方に行ってみた。

 だが、今度は、西武観光の窓口にはシャッターが威張り腐ってしまっている。瞬間、私の心は真っ白になった。ここまで来て旅行にいけない、などということなど、どう説明すればいいのだろうか。私は愕然とした。しかし、そんな余裕もなく、特急の発車時刻は迫っている。なんとか打開策を考えねばならないと思い、とりあえず、池袋駅構内にある、他の西武観光の窓口を必死になって探した。

 すると、神の配剤か。駅構内を走っているうちに、西武の半纏を着た人を見つけたのだ。私はそこに急行して、その人に、先ほどの数字を唱えてみた。すると、今度は、さも当然のように、半纏を着た人は、私に特急券を渡してくれたのだ。ほっとした私は、みんなのもとに行き、みんなに特急乗り場まで行くよう促し、特急乗り場に向かった。

 しかし、ホッとしたのがいけなかったのか、今度は特急のホームに行くまでに、道に迷ってしまった。駅員に道を聞きつつ、やっとホームにたどり着くと、疲れたの一声さえ、かける間もなく、電車は到着した。ヤレヤレと思いながら、私はハンカチで汗を拭き取る。

 電車は池袋から所沢の駅までの、15分。一息つく頃には、所沢に着いていた。所沢からはバスだ。ジュースなどを買い込み、バスに乗り込んだ。

 バスで、私の隣りに座ったのは、以前から何度か面識はあったが、あまり会話を交わしたことのなかった右田さんだった。最近、人と話すことが苦手だった私は、彼女に悪いなあと思いながらも、いつもの調子でシャアシャアと語りだした。だが、彼女は嫌な顔を一つも見せずに、私と話をしてくれた。バスの中、私は少しも退屈することなく、万座に到着した。

 バスの席の窮屈さから解放された私は、雪と夜の闇に囲まれた万座プリンスホテルに到着した。ホテルでチェックインの手続きを行い、部屋にはいる。荷物を整理して、みんなの様子を見ようと思い、部屋周りを始めた。

 人数とホテルの関係上、大きな部屋が一つしか取れていなかったのだが、その大きな部屋はとてもすばらしかった。照明の具合といい、空間の使い方といい、お客をくつろがせるのには十分すぎるほどの気遣いだ。思わず、私は驚嘆してしまった。

 だがもっと驚嘆したのは、これからのことである。もうすでに深夜1時をまわっていたのだが、飲み会を始めたのだ。明日は朝から滑るのだろうか?と胸に思いながらも、風邪のために、アルコールを控えていた私としては、その匂いをかぐだけでも我慢ができなくなり、率先して飲み始めた。もう、後は野となれ、山となれ状態で飲んでいたのだが、3時過ぎには、腹が痛み出し、私はトイレに行った。用を足すと、私に、酔虎のような立ちくらみが襲いかかってきた。その酔虎に押し倒され、立ちくらんでしまった私はさすがに、自室に引きこもり眠りについた。時計は3時50分を数えていた。